2014年04月14日

僕たちも同類だ。だからこそ

ディオバン事件の資料を読んだ。

古い体質が未だに、そこかしこに亡霊のように存在していることを再認識した。

便宜を図ってもらうために、お金を払う方もお金を受け取る方も『罪の意識が無い』というところが一番の問題だ。

科学は(臨床試験も含めて)、誰かが再現性を確認するつもりで試験をすれば、すぐにデータがねつ造かどうかが分かるという分野だ。

STAP細胞にしろ、ディオバン事件にしろ、「誰かが再現性を確認するかもしれない」という考えが当人に浮かばなかったのだろうか?

もし、「再現性なんて誰も確認しないよ」と考えていたならば、山中先生が言うようにその人たちは「未熟」だ。

あるいは、不遜だ。

僕たち自身にその血が一滴も流れていないとは言えない。

僕たち自身にも「未熟」な部分がある、ということをまずは認識しておこう。

僕たちは「未熟」だ。

だからこそ「良心」が頼りだ。

最低限の誇りを捨てないようにしたいものだ。

僕らもいつ、「あちら側」に変わるか分からない、という頼りない存在である。

でも、それを知っているか、どうかが、大きな分かれ目だ。




posted by ホーライ at 00:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 科学に関する事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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